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元気マガジン

 
 
曹洞宗・瑞応寺 住職 / 楢崎 通元

「大仏寺を永平寺と改称する上堂」で道元禅師さまは次のようにお示しです。
天に道有り以って高く清し、地に道有り以って厚く寧らかに、人に道有り以って安く穏やかなり。 云々。 みな「やすらか」です。天地人の全てが「やすらかな状態」になるというのにはどうすればいいのか。 天は天、地は地、人は人としての行うべき「道」がある。これは宗教以前というか、宗教を含めた我々人間として生れて
きた者が踏み行っていかねばならない「道」があるはずなのです。しかし、それが今の時代はっきりしないという情 けない時代です。道元禅師さまの時代を考えましても、これがやはり平穏な、立派な時代ではなかった様です。そうゆう 面では、今の私たち以上にご苦労なされたのではないかと思います。ところが、道元禅師さまどころじゃない二千五百年以前 のお釈迦さまの時もやっぱりそのようでした。お釈迦さまは一代を托鉢で過ごされた。その理由というのは、やはり人間とし て欲望や利益を求めたいという、そういう衣食住の目に見えた大切なものを、やはり一人一人が見つけなければならない。 そういう道を歩まねばならない。ということから一代一處不住、三衣一鉢を持ち物として人の心の真実に呼びかけ続けての 一代を過ごされた。
 道元禅師さまは特に修行の道を志す者について「清貧」という。財(たから)という字の上に分 (わける)という字が書 いてある。つまり分けあって暮らすという気持ちがあるのが「貧しさ」だというのです。


 ところで「貧」に似た字に「貪」ということがあります。これは財産という字の上に「今」という字が書いて あります。貪瞋痴の三毒と言いますが、このむさぼりの心というのが字になっているのです。ところが「貧」の方は、分けあう という気持ちがある。これは素晴らしい生き方だなあと思うわけです。日本人はそういう生き方を今までしてきました。道元禅師 さまだけじゃなくて、「おのれの分を考えよ」「そんなにしておったらバチが当たるぞ」「徳を損じるぞ」こういう言葉は、みな それを絞計肯ってきた言葉でした。
それが今はどうでしょう。伝統的には、普段のそういう目に見えた衣食住では、やはり身を慎む という考えがあったものです。その根本はお釈迦さままでさかのぼり、そのお心を道元禅師さまが映し出して下さっておられます。 これが自分自身の気持ちや家族の中における、おごった気持ちをたしなめるものになっていました。
禅宗の開祖といわれる達磨大師さまが、インドからはるばる中国へ坐禅をお伝えになりました。お釈迦さまの教え の根本は、坐禅によって心から心へ伝えられてきました。口に出して道を説かれなくても、形を正しく示せば伝わるのです。九年面壁 の達磨大師さまは辛抱強い性根を教えてくれました。六根清浄、晴天向日を掛け声にして山登りを楽しんでいるのは日本風でしょうか。


 道元禅師さまは、お釈迦さま一本槍で一代を過ごされました。私たちもまた、道元禅師さまのお姿をよきお手本として、 お釈迦さまの歩まれた道を慕い、歩んでいくことこそ「やすらか」なのだと、私は思うわけであります。
(注、「道元禅を学ぶ会」 説法集より。瑞応寺・瑞雲会 文責)

    

 「瑞応寺」正式には、瑞應寺。 曹洞禅の修業道場。愛媛県新居浜市、別子山の山麓にあり、「生子山」城主・松木景村が曹洞禅の高徳、月担長伝を請じて開山した。 文安5年(1448)建立。戦火にあって廃墟となるが、その後再建。 明治30年(1897)中四国唯一の専門僧堂 を開設。※禅門修行の道場として、学僧の参集や一般参禅者が多く訪れる。境内には、推定樹齢800年の老銀杏(愛媛県指定・天然記念物)がある。


新居浜・瑞応寺への道あんない